
This paper identifies a third pathway of state capacity formation—layered institutional accumulation—distinct from both Europe's persistent fragmentation and China's unified absorption. 本稿は、制度的蓄積の階層化という概念を通して、日本の近代化を再解釈するための比較歴史的枠組みを提案する。日本の近代化は、単に西洋の模倣、文明的特異性、あるいは外部からの圧力に対する遅れた対応として理解されるべきではないと主張する。むしろ、軍事競争、領土行政、地方文書の慣習、領域レベルの多様性、そして実務的な官職の保有といった初期段階が、後の統一秩序の下でどのように維持され、近代国家の形成に利用可能になったのかを考察する。 本稿では、生産的断片化、統一的吸収、階層的制度蓄積という3つの相互に関連する概念を展開する。生産的断片化とは、複数の政治単位間の競争が制度的、軍事的、財政的、商業的、知的、あるいは技術的革新を生み出す状況を指す。統一的吸収とは、そのような革新が後の中央集権的な帝国秩序に組み込まれることを指し、戦国時代の中国が非ヨーロッパの主要な例として取り上げられる。階層的制度蓄積とは、断片化の下で生み出された能力が、統一された秩序の中で地域的な行政、教育、財政、文書管理能力として存続する第三の経路を指す。 本稿は、日本の戦国・徳川・明治時代の流れを中心事例として、日本はヨーロッパ型の国家間分断の持続的な進行も、中国型の中央集権的な統合も辿らなかったと論じる。徳川体制は軍事競争を緩和しつつ、財政運営、教育、地方統治、人材育成、そして地域政治文化の単位として藩を維持した。また、盛岡藩傘下の三陸北部における織田家の事例を、行政の翻訳、家内組織の分化、そして地方の仲介能力が、いかにしてより広範な制度的蓄積を支えたのかを示す限定的なプロセス追跡例として用いる。 本論文は、日本の近代化は、単に西洋からの圧力に対する迅速な対応としてではなく、歴史的に蓄積されてきた制度運営能力の活性化として理解されるべきであると結論付けている。
